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平和を歌う唄があった。
でもみんなの耳には彼のその唄声が届かなかった。
とてもちいさな声だったから。
それでも彼はずっとずっと唄を歌い続けた。
嗄れ細るようなちいさな声で。
誰も足を止めなくても、誰の耳に入らなくても彼は
いつまでもその唄を歌い続けた。
彼は死ぬまで歌い続けた。
彼が亡くなってしばらく経ったあとに、不思議なことが
起こり始めた。
街のあちこちで彼が歌った唄が聴こえ始めた。
誰かが独り歌っている。
ちいさな声で。
嗄れた声で。
やがてちいさな声は別のちいさな声を連れてきた。
ちいさな声はそのまた別のちいさな声を連れてきた。
いつしか街にはちいさな声が集まった。
今ここは平和かい?
それは誰にも分からない。
ある人はyesと言い、ある人はNOと言う。
でも少なくとも今、街にはちいさな唄が溢れている。
平和を歌う唄がここにはあった。
ちいさな街のちいさな出来事。
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